柄な男に対して好感のようなものを抱いていることに気づいた。
少しあとで隣りの奥さんが戻ってきて大丈夫だったと僕に訊ねた。ええ大丈夫ですよcと僕は答えた。彼女の夫もすうすうと寝息を立てて平和そうに眠っていた。
緑は三時すぎに戻ってきた。
「公園でぼおっとしてたの」と彼女は言った。「あなたに言われたように人で何もしゃべらずにc頭の中を空っぽにして」
「どうだった」
「ありがとう。とても楽になったような気がするわ。まだ少しだるいけれどc前に比べるとずいぶん体が軽くなったもの。私c自分自身で思っているより疲れてたみたいね」
父親はぐっすり眠っていたしcとくにやることもなかったのでc我々は自動販売機のコーヒーを買ってtv室で飲んだ。そして僕は緑にc彼女のいないあいだに起った出来事をひとつひとつ報告した。ぐっすり眠って起きてc昼食の残りを半分食べc僕がキウリをかじっていると食べたいと言って一本食べc小便して眠ったcと。
「ワタナベ君cあなたってすごいわね」と緑は感心して言った。「あの人ものを食べなくてそれでみんなすごく苦労してるのにcキウリまで食べさせちゃうんだもの。信じられないわねcもう」
「よくわからないけれどc僕がおいしそうにキウリを食べてたせいじゃないかな」と僕は言った。
「それともあなたには人をほっとさせる能力のようなものがあるのかしら」
「まさか」と言って僕は笑った。「逆のことを言う人間はいっばいいるけれどね」
「お父さんのことどう思った」
「僕は好きだよ。とくに何を話したってわけじゃないけれどcでもなんとなく良さそうな人だっていう気はしたね」
「おとなしかった」
「とても」
「でもね一週間前は本当にひどかったのよ」と緑は頭を振りながら言った。「ちょっと頭がおかしくなっててねc暴れたの。私にコップ投げつけてねc馬鹿野郎cお前なんか死んじまえって言ったの。この病気ってときどきそういうことがあるの。どうしてだかわからないけれどcある時点でものすごく意地わるくなるの。お母さんのときもそうだったわ。お母さんが私に向ってなんて言ったと思うお前は私の子じゃないしcお前のことなんか大嫌いだって言ったのよ。私c目の前が一瞬真っ暗になっちゃった。そういうのってcこの病気の特徴なのよ。何かが脳のどこかを圧迫してc人を荷立たせてcそれであることないこと言わせるのよ。それはわかっているのc私にも。でもわかっていても傷つくわよcやはり。これだけ一所懸命やっていてcその上なんでこんなこと言われなきゃならないんだってね。情なくなっちゃうの」
「わかるよcそれは」と僕は言った。それから僕は緑の父親がわけのわからいことを言ったのを思いだした。
「切符c上野駅」と緑は言った。「なんのことかしらよくわからないわね」
「それからc頼むミドリcって」
「それは私のことを頼むって言ったんじゃないの」
「あるいは君に上に駅に切符を買いにいってもらいたいのかもしれないよ」と僕は言った。「とにかくその四つの言葉の順番がぐしゃぐしゃだから意味がよくわからないんだ。上野駅で何か思いあたることない」
「上野駅」と言って緑は考えこんだ。「上野駅で思いだせるといえば私が二回家出したことね。小学校三年のときと五