う大きな音をたてて新聞社のヘリコプターがやってきて写真を撮って帰っていった。我々の姿が写ってなければいいけれどと僕は思った。警官がラウトスピーカーで野次馬に向かってもっと後ろに退ってなさいとどなっていた。子供が泣き声で母親を呼んでいた。どこかでガラスの割れる声がした。やがて風が不安定に舞いはじめc白い燃えさしのようなものが我々のまわりにもちらほらと舞ってくるようになった。それでも緑はちびちびとビールをのみながら気持良さそうに唄いつづけていた。知っている唄をひととおり唄ってしまうとc今度は自分で作詞作曲したという不思議な唄を唄った。
あなたのためにシチュー作りたいのに
私には鍋がない。
あなたのためにマフラーを編みたいのに
わたしには毛糸がない。
あなたのために詩を書きたいのに
私にはペンがない
「何もないっていう唄なの」と緑は言った。歌詞もひどいしc曲もひどかった。
僕はそんな無茶苦茶な唄を聴きながらcもしガソリンスタンドに引火したらcこの家も吹きとんじゃうだろうなというようなことを考えていた。緑は唄い疲れるとギターを置きc日なたの猫みたいにごろんと僕の肩にもたれかかった。
「私の作った唄どうだった」と緑が訊いた。
「ユニークで独創的でc君の人柄がよく出てる」と僕は注意深く答えた。
「ありがとう」と彼女は言った。「何もない―というのがテーマの」
「わかるような気がする」と僕は肯いた。
「ねえcお母さんの死んだときのことなんだけどね」と緑は僕の方を向っていった。
「うん」
「私ちっとも悲しくなかったの」
「うん」
「それからお父さんがいなくなっても全然悲しくないの」
「そう」
「そう。こういうのってひどいと思わない冷たすぎると思わない」
「でもいろいろ事情があるわけだろうそうなるには」
「そうねcまあcいろいろとね」と緑は言った。「それなりに複雑だったのよcうち。でもねc私ずっとこう思ってたのよ。なんのかんのといっても実のお父さんお母さんなんだからc死んじゃったり別れちゃったりしたら悲しいだろうって。でも駄目なのよね。なんにも感じないのよ。悲しくもないしc淋しくもないしc辛くもないしc殆んど思い出しもしないのよ。ときどき夢に出てくるだけ。お母さんが出てきてねc暗闇の奥からじっと私を睨んでこう非難するのよcお前c私が死んで嬉しんだろう」ってね。べつにうれしがないわよcお母さんが死んだことは。ただそれほど悲しくないっていうだけのことなの。正直なところ涙一滴出やしなかったわ。子供のとき飼ってた猫が死んだときは一晩泣いたのにね」
なんだってこんなにいっぱい煙が出るんだろうと僕は思った。火も見えないしc燃え広がった様子もない。ただ延々と煙がたちのぼっているのだ。いったいこんなに長いあいだ何が燃えているんだろうと僕は不思議に思った。
「でもそれは私だけのせいじゃないのよ。そりゃ私も情の薄いところあるわよ。それは認めるわ。でもねcもしあの人たちが―お父さんとお母さんが―もう少し私のことを愛してくれていたとしたらc私だってもっと違った感じ方ができてたと思うの。もっともっと悲しい気持ちになるとかね」
「あまり愛されなかったと思うの」