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    接だとかね。女の子口説くのと変わりゃしない」

    「じゃあまあ簡単だったわけですね」と僕は言った。「発表はいつなんですか」

    「十月のはじめ。もし受かってたらc美味いもの食わしてやるよ」

    「ねえc外務省の上級試験の二次ってどんなですか永沢さんみたいな人ばかりが受けにくるんですか」

    「まさか。大体はアホだよ。アホじゃなきゃ変質者だ。官僚になろうなんて人間の九五パーセントまでは屑だもんなあ。これは嘘じゃないぜ。あいつら字だてろくに読めないんだ」

    「じゃあどうして永沢さんは外務省に入るんですか」

    「いろいろと理由はあるさ」と永沢さんは言った。「外地勤務が好きだとかcいろいろな。でもいちばんの理由は自分の能力を試してみたいってことだよな。どうせためすんなら一番でかい入れもののなかでためしてみたいのさ。つまりは国家だよ。このばかでかい官僚機構の中でどこまで自分が上にのぼれるかcどこまで自分が力を持てるかそういうのをためしてみたいんだよ。わかるか」

    「なんだかゲームみたいと聞こえますね」

    「そうだよ。ゲームみたいなもんさ。俺には権力欲とか金銭欲とかいうものは殆どない。本当だよ。俺は下らん身勝手な男かもしれないけどcそういうものはびっくりするくらいないんだ。いわば無私無欲の人間だよ。ただ好奇心があるだけなんだ。そして広いタフな世界で自分の力をためしてみたいんだ」

    「そして理想というようなものも持ち合わせてないんでしょうね」

    「もちろんない」と彼は言った。「人生にはそんなもの必要ないんだ。必要なものは理想ではなく行動規範だ」

    「でもcそうじゃない人生もいっぱいあるんじゃないですかね」と僕は訊いた。

    「俺のような人生はすきじゃないか」

    「よして下さいよ」と僕は言った。「好きも嫌いもありませんよ。だってそうでしょうc僕は東大に入れるわけでもないしc好きな時に好きな女と寝られるわけでもないしc弁が立つわけでもない。他人から一目おかれているわけでもなきゃc恋人がいるでもない。二流の私立大学の文学部を出たって将来の展望があるわけでもない。僕に何が言えるんですか」

    「じゃ俺の人生がうらやましいか」

    「うらゃましかないですね」と僕は言った。「僕はあまりに僕自身に馴れすぎてますからね。それに正直なところc東大にも外務省にも興味がない。ただひとつうらやましいのはハツミさんみたいに素敵な恋人を持ってることですね」

    彼はしばらく黙って食事をしていた。

    「なあcワタナベ」と食事が終わってから永沢さんは僕に言った。「俺とお前はここを出て十年だか二十年だか経ってからまたどこかで出会いそうな気がするんだ。そして何かのかたちでかかわりあいそうな気がするんだ」

    「まるでディッケンズの小説みたいな話ですね」と言って僕は笑った。

    「そうだな」と彼も笑った。「でも俺の予感ってよく当たるんだぜ」

    食事のあとで僕と永沢さんは二人で近くのスナックバーに酒に飲みに行った。そして九時すぎまでそこで飲んでいた。

    「ねえc永沢さん。ところであなたの人生の行動規範っていったいどんなものなんですか」と僕は訊いてみた。

    「お前cきっと笑うよ」と彼は言った。

    「笑いませんよ」と僕は言った。

    
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