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    しかし彼は戻っては来なかった。ある日僕は学校から戻ってみるとc彼の荷物は全部なくなっていた。部屋のドアの名札も外されてc僕のものだけになっていた。僕は寮長室に言って彼がいったいどうなったのか訊いてみた。

    「退寮した」と寮長は言った。「しばらくあの部屋はお前ひとりで暮せ」

    僕はいったいどういう事情なのかと質問してみたがc寮長は何も教えてくれなかった。他人には何も教えずに自分ひとりで物事を管理することに無上の喜びを感じるタイプの俗物なのだ。

    部屋の壁には氷山の写真がまだしばらく貼ってあったがcやがて僕はそれははがしてcかわりにジムモリソンとマイルスデイヴィスの写真を貼った。それで部屋は少し僕らしくなった。僕はアルバイトで貯めた金を使って小さなステレオプレーヤーを買った。そして夜になると一人で酒を飲みながら音楽を聴いた。ときどき突撃隊のことを思いだしたがcそれでもひとり暮らしというのはいいものだった。

    *

    月曜日の十時から「演劇史2」のエウリピデスについての講義がありcそれは十一時半に終わった。講義のあとで僕は大学から歩いて十分ばかりのところにある小さなレストランにいってオムレツとサラダを食べた。そのレストランはにぎやかな通りからは離れていたしc値段も学生向きの食堂よりは少し高ったがc静かで落ちつけたしcなかなか美味いオムレツを食べさせてくれた。無口な夫婦とアルバイトの女の子が三人で働いていた。僕は窓祭の席に一人で座って食事をしているとc四人づれの学生が店に入ってきた。男が二人と女が二人でcみんなこざっぱりとした服装をしていた。彼らは入口近くのテーブルに座ってメニューを眺めcしばらくいろいろと検討していたがcやがて一人が注文をまとめcアルバイトの女の子がにそれを伝えた。

    そのうちに僕は女の子の一人が僕の方をちらちらと見ているのに気がついた。ひどく髪の短い女の子でc濃いサングラスをかけc白いコットンのミニのワンピースを着ていた。彼女の顔には見覚えがなかったので僕がそのまま食事を続けているとcそのうちに彼女はすっと立ち上がって僕の方にやってきた。そしてテーブルの端に片手をついて僕の名前を呼んだ。

    「ワタナベ君cでしょ」

    僕は顔を上げてもう一度相手の顔をよく見た。しかし何度見ても見覚えはなかった。彼女はとても目立つの女の子だったしcどこかであっていたらすぐ思い出せるはずだった。それに僕の名前を知っている人間はそれほどたくさんこの大学にいるわけではない。

    「ちょっと座ってもいいかしらそれとも誰かくるのcここ」

    僕はよくわからないままに首を振った。「誰も来ないよ。どうぞ」

    彼女はゴトゴトと音を立てて椅子を引きc僕の向かいに座ってサングラスの奥から僕をじっと眺めcそれから僕の皿に視線を移した。

    「おいしそうねcそれ」

    「美味しいよ。マッシュルームオムレツとグリーンビースのサラダ」

    「ふむ」と彼女は言った。「今度はそれにするわ。今日はもう別のを頼んじゃったから」

    「何を頼んだの」

    「マカロニグラタン」

    「マカロニグラタンもわるくない」と僕はいった。「ところで君とどこであったんだっけなどうしても思い出せないんだけど」

    「エウリピデス」と彼女は簡潔に言った。「エレクトラ。いいえc神様だって不幸なものの言うことには耳
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