係ないものなのよ。これ以上彼女を傷つけたりしたらcもうとりかえしのつかないことになるわよ。だから辛いだろうけれど強くなりなさい。もっと成長して大人になりなさい。私はあなたにそれを言うために寮を出てわざわざここまできたのよ。はるばるあんた棺桶みたいな電車に乗って」
「レイコさんの言ってることはよくわかりますよ」と僕は言った。「でも僕にはまだその準備ができてないんですよ。ねえcあれは本当に淋しいお葬式だったんだ。人はあんな風に死ぬべきじゃないですよ」
レイコさんは手をのばして僕の頭を撫でた。「私たちみんないつかそんな風に死ぬのよ。私もあなたも」
*
僕らは川べりの道を五分ほど歩いて風呂屋に行きc少しさっぱりとした気分で家に戻ってきた。そしてワインの栓を抜きc縁側に座って飲んだ。
「ワタナベ君cグラスもう一個持ってきてくれない」
「いいですよ。でも何するんですか」
「これから二人で直子のお葬式するのよ」とレイコさんは言った。「淋しくないやつさ」
僕はグラスを持ってくるとcレイコさんはそれになみなみとワインを注ぎc庭の灯籠の上に置いた。そして縁側に座りc柱にもたれてギターを抱えc煙草を吸った。
「それからマッチがあったら持ってきてくれるなるべく大きいのがいいわね」
僕は台所から徳用マッチを持ってきてc彼女のとなりに座った。
「そして私が一曲弾いたらcマッチ棒をそこに並べてってくれる私いまから弾けるだけ弾くから」
彼女はまずヘンリーマンシーニのディアハートをとても綺麗に静かに弾いた。「このレコードあなたが直子にプレゼントしたんでしょう」
「そうです。一昨年のクリスマスにね。あの子はこの曲がとても好きだったから」
「私も好きよcこれ。とても優しくて」彼女はディアハートのメロディーをもう一度何小節か軽く弾いてからワインをすすった。「さて酔払っちゃう前に何曲弾けるかな。ねえcこういうお葬式だと淋しくなくていいでしょう」
レイコさんはビートルズに移りcノルウェイの森を弾きcイエスタディを弾きcミシェンザヒルを弾きcサムシングを弾きcヒアカムズザサンを唄いながら弾きcフールオンザヒルを弾いた。僕はマッチ棒を七本並べた。
「七曲」とレイコさんは言ってワインをすすりc煙草をふかした。「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさとかいうものをよく知っているわね」
この人たちというのはもちろんジョンレノンとボールマッカートニーcそれにジョージハリソンのことだった。
彼女は一息ついて煙草を消してからまたギターをとってペニーレインを弾きcブランクバードを弾きcジュリアを弾きc六十四になったらを弾きcノーホエアマンを弾きcアンドアイラブハーを弾きcヘイジェードを弾いた。
「これで何曲になった」
「十四曲」と僕は言った。
「ふう」と彼女はため息をついた。「あなた一曲くらい何か弾けないの」
「下手ですよ」
「下手でいいのよ」
僕は自分のギターを持ってきてアップオンザルーフをたどたどしくではあるけれど弾いた。レイコさんはそのあいだ一服してゆっくり煙草を吸いcワインをすすっていた。僕が弾き終わると彼女はぱちぱちと拍手した。
それからレイ