好きだよ」と僕は言った。「心から好きだよ。もう二度と放したくないと思う。でもどうしようもないんだよ。今は身うごきとれないんだ」

    「その人のことで」

    僕は肯いた。

    「ねえc教えて。その人と寝たことあるの」

    「一年前に一度だけね」

    「それから会わなかったの」

    「二回会ったよ。でもやってない」と僕は言った。

    「それはどうしてなの彼女はあなたのこと好きじゃないの」

    「僕にはなんとも言えない」と僕は言った。「とても事情が混み入ってるんだ。いろんな問題が絡みあっていてcそれがずっと長いあいだつづいているものだからc本当にどうなのかというのがだんだんわからなくなってきているんだ。僕にも彼女にも。僕にわかっているのはcそれがある種の人間として責任であるということなんだ。そして僕はそれを放り出すわけにはいかないんだ。少なくとも今はそう感じているんだよ。たとえ彼女が僕を愛していないとしても」

    「ねえc私は生身の血のかよった女の子なのよ」と緑は僕の首に頬を押し付けて言った。「そして私はあなたに抱かれてcあなたのことを好きだってうちあけているのよ。あなたがこうしろって言えば私なんだってするわよ。私多少むちゃくちゃなところあるけど正直でいい子だしcよく働くしc顔だってけっこう可愛いしcおっぱいだって良いかたちしているしc料理もうまいしcお父さんの遺産だって信託預金にしてあるしc大安売りだと思わないあなたが取らないと私そのうちどこかよそに行っちゃうわよ」

    「時間がほしいんだ」と僕は言った。「考えたりc整理したりc判断したりする時間がほしいんだ。悪いとは思うけどc今はそうとしか言えないんだ」

    「でも私のこと心から好きだしc二度と放したくないと思ってるのね」

    「もちろんそう思ってるよ」

    緑は体を離しcにっこり笑って僕の顔を見た。「いいわよc待ってあげる。あなたのことを信頼してるから」と彼女は言った。「でお私をとるときは私だけをとってね。そして私を抱くときは私のことだけを考えてね。私の言ってる意味わかる」

    「よくわかる」

    「それから私に何してもかまわないけれどc傷つけることだけはやめてね。私これまでの人生で十分傷ついてきたしcこれ以上傷つきたくないの。幸せになりたいのよ」

    僕は彼女の体を抱き寄せて口づけした。

    「そんな下らない傘なんか持ってないで両手でもっとしっかり抱いてよ」と緑は言った。

    「傘ささないとずぶ濡れになっちゃうよ」

    「いいわよcそんなのcどうでも。今は何も考えずに抱きしめてほしいのよ。私二ヶ月間これ我慢してたのよ」

    僕は傘を足もとに置きc雨の中でしっかりと緑を抱きしめた。高速道路を行く車の鈍いタイヤ音だけがまるでもやのように我々のまわりを取り囲んでいた。雨は音もなく執拗に降りつづきc僕の黄色いナイロンのウィンドブレーカーを暗い色に染めた。

    「そろそろ屋根のあるところに行かない」と僕は言った。

    「うちにいらしゃいよ。今誰もいないから。このままじゃ風邪引いちゃうもの」

    「まったく」

    「ねえc私たちなんだか川を泳いで渡ってきたみたいよ」と緑が笑いながら言った。「ああ気持良かった」

    僕らはタオル売り場で大きめのタオルを買い