は相変わらず小食で煙草ばかり吸いつづけています。鳥もウサギも元気です。さよなら」
*
僕の二十回目の誕生日の三日あとに直子から僕あての小包みが送られてきた。中には葡萄色の丸首のセーターと手紙が入っていた。
「お誕生日おめでとう」と直子は書いていた。「あなたの二十歳が幸せなものであることを祈っています。私の二十歳はなんだかひどいもののまま終ってしまいそうだけれどcあなたが私のぶんもあわせたくらい幸せになってくれると嬉しいです。これ本当よ。このセーターは私とレイコさんが半分ずつ編みました。もし私一人でやっていたらc来年のバレンタインデーまでかかったでしょう。上手い方の半分が彼女で下手な方の半分が私です。レイコさんという人は何をやらせても上手い人でc彼女を見ていると時々私はつくづく自分が嫌になってしまいます。だって私には人に自慢できることなんて何もないだもの。さようなら。お元気で」
レイコさんからの短いメッセージも入っていた。
「元気あなたにとって直子は至福の如き存在かもしれませんがc私にとってはただの手先の不器用な女の子にすぎません。でもまあなんとか間にあうようにセーターは仕上げました。どうc素敵でしょう色とかたちは二人で決めました。誕生日おめでとう」
十
一九六九年という年はc僕にどうしようもないぬかるみを思い起こさせる。一歩足を動かすたびに靴がすっぽり脱げてしまいそうな深く重いねばり気のあるぬかるみだ。そんな泥土の中をc僕はひどい苦労をしながら歩いていた。前にもうしろにも何も見えなかった。ただどこまでもその暗い色をしたぬかるみが続いているだけだった。
時さえもがそんな僕の歩みにあわせてたどたどしく流れた。まわりの人間はとっくに先の方まで進んでいてc僕と僕の時間だけがぬかるみの中をぐずぐずと這いまわっていた。僕のまわりで世界は大きく変ろうとしていた。ジョンコルトレーンやら誰やら彼やらcいろんな人が死んだ。人々は変革を叫びc変革はすぐそこの角までやってきているように見えた。でもそんな出来事は全て何もかも実体のない無意味な背景画にすぎなかった。僕は殆んど顔も上げずに日一日と日々を送っていくだけだった。僕の目に映るのは無限につづくぬかるみだけだった。左足を前におろしc左足を上げcそして右足をあげた。自分がどこにいるのかも定かではなかった。正しい方向に進んでいるという確信もなかった。ただどこかに行かないわけにはいかないから歩また一歩と足を運んでいるだけだった。
僕は二十歳になりc秋は冬へと変化していったがc僕の生活には変化らしい変化はなかった。僕は何の感興もなく大学に通いc週に三日アルバイトをしc時折グレートギャツピイを読みかえしc日曜日が来ると洗濯をしてc直子に長い手紙を書いた。ときどき緑と会って食事をしたりc動物園に行ったりc映画を見たりした。小林書店を売却する話はうまく進みc彼女と彼女の姉は地下鉄の茗荷谷のあたりに2dkのアパートを借りて二人で住むことになった。お姉さんが結婚したらそこを出てどこかにアパートを借りるのだcと緑は言った。僕は一度そこに呼ばれて昼ごはんを食べさせてもらったがc陽あたりの良い綺麗なアパートでc緑も小林書店にいるときよりはそこでの生活の方がずっと楽しそうだった。
永沢さんは何度か遊びに行こうと僕を誘ったがc僕はそのたびに用事があるからと言って断った。僕はただ面倒臭かったのだ。もちろん女の子