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とに気づいた。

    「旅行に行ってたのよ。ついさっき戻ってきたところ」と彼女は言った。

    「どこに行ったの」

    「奈良と青森」

    「一度に」と僕はびっくりして訊いた。

    「まさか。いくら私が変ってるといっても奈良と青森に一度にいったりはしないわよ。べつべつに行ったのよ。二回にわけて。奈良には彼と行ってc青森は一人でぶらっと行ってきたの」

    僕はウィスキーソーダをひとくち飲みc緑のくわえたマルボロにマッチで火をつけてやった。「いろいろと大変だったお葬式とかcそういうの」

    「お葬式なんて楽なものよ。私たち馴れてるの。黒い着物着て神妙な顔して座ってればcまわりの人がみんなで適当に事を進めてくれるの。親戚のおじさんとか近所の人とかね。勝手にお酒買ってきたりcおすし取ったりc慰めてくれたりc泣いたりc騒いだりc好きに形見わけしたりc気楽なものよ。あんなのピクニックと同じよ。来る日も来る日も看病にあけくれてたのに比べたらcピクニックよcもう。ぐったり疲れて涙も出やしないものcお姉さんも私も。気が抜けて涙も出やしないのよc本当に。でもそうするとねcまわりの人たちはあそこの娘たちは冷たいc涙も見せないってかげぐちきくの。私たちだから意地でも泣かないの。嘘泣きしようと思えばできるんだけどc絶対にやんないもの。しゃくだから。みんなが私たちの泣くことを期待してるからc余計に泣いてなんかやらないの。私とお姉さんはそういうところすごく気が合うの。性格はずいぶん違うけれど」

    緑はブレスレットをじゃらじゃらと鳴らしてウェイターを呼びcトムコリンズのおかわりとピスタチオの皿を頼んだ。

    「お葬式が終ってみんな帰っちゃってからc私たち二人で明け方まで日本酒を飲んだの升五合くらい。そしてまわりの連中の悪口をかたっぱしから言ったの。あいつはアホだcクソだc疥癬病みの犬だc豚だc偽善者だc盗っ人だってcそういうのずうっと言ってたのよ。すうっとしたわね」

    「だろうね」

    「そして酔払って布団に入ってぐっすり眠ったの。すごくよく寝たわねえ。途中で電話なんかかかってきても全然無視しちゃってねcぐうぐう寝ちゃったわよ。目がさめてc二人でおすしとって食べてcそれで相談して決めたのよ。しばらく店を閉めてお互い好きなことしようって。これまで二人でずいぶん頑張ってやってきたんだものcそれくらいやったっていいじゃない。お姉さんは彼と二人でのんびりするしc私も彼と二泊旅行くらいしてやりまくろうと思ったの」緑はそう言ってから少し口をつぐんでc耳のあたりをぼりぼりと掻いた。「ごめんなさい。言葉わるくて」

    「いいよ。それで奈良に行ったんだ」

    「そう。奈良って昔から好きなの」

    「それでやりまくったの」

    「一度もやらなかった」と彼女は言ってため息をついた。「ホテルに着いて鞄をよっこらしょと置いたとたんに生理が始まっちゃったのcどっと」

    僕は思わず笑ってしまった。

    「笑いごとじゃないわよcあなた。予定より一週間早いのよ。泣けちゃうわよcまったく。たぶんいろいろと緊張したんでcそれで狂っちゃったのね。彼の方はぶんぶん怒っちゃうし。わりに怒っちゃう人なのよcすぐ。でも仕方ないじゃないc私だってなりたくてなったわけじゃないし。それにねc私けっこう重い方なのよcあれ。はじめの二日くらいは何もする気なくなっちゃ
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