右手の傷が痛んでくるとそんな雨の中庭の風景をぼんやりと眺めた。
僕はまずレコード店で働いているときに手のひらを深く切ってしまったことを書きc土曜日の夜にc永沢さんとハツミさんと僕の三人で永沢さんの外交官試験合格の祝いのようなことをやったと書いた。そして僕はそこがどんな店でcどんな料理が出たかというのを説明した。料理はなかなかのものだったがc途中で雰囲気がいささかややこしいものになって云々と僕は書いた。
僕はハツミさんとビリヤード場に行ったことに関連してキズキのことを書こうかどうか少し迷ったがc結局書くことにした。書くべきだという気がしたからだ。
「僕はあの日――キズキが死んだ日――彼が最後に撞いたボールのことをはっきりと覚えています。それはずいぶんむずかしいクッションを必要とするボールでc僕はまさかそんなものがうまく行くと思わなかった。でもcたぶん何かの偶然によるものだとは思うのだけれどcそのショットは百パーセントぴったりと決まってc緑のフェルトの上で白いボールと赤いボールが音もたてないくらいそっとぶつかりあってcそれが結局最終得点になったわけです。今でもありありと思い出せるくらい美しく印象的なショットでした。そしてそれ以来二年近く僕はビリヤードというものをやりませんでした。
でもハツミさんとビリヤードをやったその夜c僕は最初の一ゲームが終るまでキズキのことを思い出しもしなかったしcそのことは僕としては少なからざるショックでした。というのはキズキが死んだあとずっとcこれからはビリヤードをやるたびに彼を思い出すことになるだろうなという風に考えていたからです。でも僕は一ゲーム終えて店内の自動販売機でペプシコーラを買って飲むまでcキズキのことを思い出しもしませんでした。どうしてそこでキズキのことを思い出したかというとc僕と彼がよく通ったビリヤード屋にもやはりペプシの販売機があってc僕らはよくその代金を賭けてゲームをしたからです。
キズキのことを思い出さなかったことでc僕は彼に対してなんだか悪いことをしたような気になりました。そのときはまるで自分が彼のことを見捨ててしまったように感じられたのです。でもその夜部屋に戻ってcこんな風に考えました。あれからもう二年半だったんだ。そしてあいつはまだ十七歳のままなんだcと。でもそれは僕の中で彼の記憶が薄れたということを意味しているのではありません。彼の死がもたらしたものはまだ鮮明に僕の中に残っているしcその中のあるものはその当時よりかえって鮮明になっているくらいです。僕が言いたいのはこういうことです。僕はもうすぐ二十歳だしc僕とキズキが十六か十七の年に共有したもののある部分は既に消滅しちゃったしcそれはどのように嘆いたところで二度と戻っては来ないのだcということです。僕はそれ以上うまく説明できないけれどc君なら僕の感じたことc言わんとすることをうまく理解してくれるのではないかと思います。そしてこういうことを理解してくれるのはたぶん君の他にはいないだろうという気がします。
僕はこれまで以上に君のことをよく考えています。今日は雨が降っています。雨の日曜日は僕を少し混乱させます。雨が降ると洗濯できないしcしたがってアイロンがけもできないからです。散歩もできなしc屋上に寝転んでいることもできません。机の前に座ってカインドオブブルーをオートリピートで何度も聴きながら雨の中庭の風景をぼんやりと眺めているくらいしかやることがないのです。前