から三日間毎日c映画館をまわって朝から晩まで映画を見た。東京で封切られている映画を全部観てしまったあとでcリュックに荷物をつめc銀行預金を残らずおろしc新宿駅に行って最初に目についた急行列車に乗った。
いったいどこをどういう風にまわったのかc僕には全然思い出せないのだ。風景や匂いや音はけっこうはっきりと覚えているのだがc地名というものがまったく思いだせないのだ順番も思いだせない。僕はひとつの町から次の町へと列車やバスでcあるいは通りかかったトラックの助手席に乗せてもらって移動しc空地や駅や公園や川辺や海岸やその他眠れそうなところがあればどこにでも寝袋を敷いて眠った。交番に泊めてもらったこともあるしc墓場のわきで眠ったこともある。人通りの邪魔にならずcゆっくり眠れるところならどこだってかまわなかった。僕は歩き疲れた体を寝袋に包んで安ウィスキーごくごくのんでcすぐ寝てしまった。親切な町に行けば人々は食事を持ってきてくれたたりc蚊取線香を貸してくれたりしたしc不親切な町では人々は警官を呼んで僕を公園から追い払わせた。どちらにせよ僕にとってはどうでもいいことだった。僕が求めていたのは知らない町でぐっすり眠ることだけだった。
金が乏しくなると僕は労働を三c四日やって当座の金を稼いた。どこにでも何かしらの仕事はあった。僕はどこにいくというあてもなくただ町から町へとひとつずつ移動していった。世界は広くcそこには不思議な事象や奇妙な人々充ち充ちていた。僕は一度緑に電話をかけてみた。彼女の声がたまらく聞きたかったからだ。
「あなたねc学校はもうとっくの昔に始まってんのよ」と緑は言った。「レポート提出するやつだってけっこうあるのよ。どうするのよ。いったいあなたこれでも三週間の音信不通だったのよ。どこにいて何をしてるのよ」
「わるいけどc今は東京に戻れないんだ。まだ」
「言うことはそれだけなの」
「だから今は何も言えないんだよcうまく。十月になったら――」
緑は何も言わずにがっちゃんと電話を切った。
僕はそのまま旅行をつづけた。ときどき安宿に泊まって風呂に入り髭を剃った。鏡を見ると本当にひどい顔をしていた。日焼けのせいで肌はかさかさになりc目がくぼんでcこけた頬にはわけのわからないしみや傷がついていた。ついさっき暗い穴の底から這いあがってきた人間のとうに見えたがcそれはよく見るとたしかに僕の顔だった。
僕がその頃歩いていたの山陰の海岸だった。鳥取か兵庫の北海岸かそのあたりだった。海岸に沿って歩くのは楽だった。砂浜のどこかには必ず気持よく眠れる場所があったからだ。流木をあつめてきた火をしc魚屋で買ってきた干魚をあぶって食べたりすることもできた。そしてウィスキーを飲みc波の音に耳を澄ませながら直子のことを思った。彼女が死んでしまってもうこの世界に存在しないというのはとても奇妙なことだった。僕にはその事実がまだどうしても呑みこめなかった。僕にはそんなことはとても信じられなかった。彼女の棺のふたに釘を打つあの音まで聞いたのにc彼女が無に帰してしまったという事実に僕はどうしても順応することができずにいた。
僕はあまりにも鮮明に彼女を記憶しすぎていた。彼女が僕のベニスをそっと口で包みcその髪が僕の下腹に落ちかかっていたあの光景を僕はまだ覚えていた。そのあたたかみや息づかいやcやるせない射精の感触を僕は覚えていた。僕はそれをまるで五分前のできご